今回の旅行のハイライトは、芝、増上寺と鎌倉、光明寺なんですが、それはあくまで表向きのこと、私にとってのハイライトは、上野でしたね。
この日の宿泊所は、上野公園裏側にある水月ホテル鴎外荘。森鴎外が「舞姫」を執筆したと言われる住居跡が、ホテルの一階にそのまま残されていました。錦鯉が泳ぐ池のある庭園があり、住居跡では、貸し切りコンサートなどが催されたりしているようでした。
部屋に入って荷を解き、部屋仲間の方々は、夜の宴会までのあいだにひと風呂浴びるため浴衣に着替えてましたが、私はここが唯一自由になる時間と睨んで、着替えずにそのまま一人外へ出ることに決めました。宴会まで約一時間あまりありました。
鴎外荘の前の、上野公園の森の間を縫う細い通りは、木々に覆われて鬱そうとしています。このすぐ近くにアメ横があるとは思えない静かさです。人通りも少なく、公園に沿って湾曲した道路を、ときおりタクシーや乗用車がすうっと流れて行きます。
上野公園の奥に遊園地があるとは知りませんでした。東照宮もあるんですね。いずれももう、夕方なので閉っていました。
その奥の動物園も当然閉まっていました。夕暮れ時、門が閉まって人気のない動物園や遊園地はどこか淋しげです。在京時、ここへ入ったのは一度だけだったような気がします。
公園内を、駅に向かって歩きました。おおきな木々に囲まれた園内を人が、あちらこちらからやってきては、またあちらこちらへ流れていきます。ベンチではホームレスらしき人たちがたむろしています。仕事帰りのサラリーマン、アベック、学生、駅前の公園は思った以上にたくさんの人でした。
東京へ来るといつも、歩いている自分がいつの間にか20代の自分に戻ってしまっていることに気づかされます。街を見る目もすれ違う女性を見る目も、還暦前の私ではなく、30年以上前の私になっています。ちょうど同窓会に行ったとき、あっという間に、昔の自分に戻ってしまうのと似ている気がします。
左手に国立西洋美術館が見えてきました。鉄の扉が閉まった向こうに、ロダンの「地獄の門」があります。上京して初めてここを訪れたとき、展覧会そっちのけでこの有名な彫刻の前にしばらく佇んでいたことを思い出します。
私は高校の頃、彫塑を少し囓っていたことがあったので、おそれおおいことですがロダンは憧れの存在でした。
その反対側、おおきな建物のガラス窓に、照明がきらめいていました。東京文化会館です。このあたりに来るといっぺんに懐かしさがこみ上げてきます。ロビーを照らす照明のきらびやかさが、コンサート前の浮き立つような華やぎを思い起こさせます。
東京文化会館は主にクラシックのコンサートを催しているところです。はじめてクラシックの公演を聞きに来たのもここでした。ロシア(その頃はソビエトでした)の若い指揮者とモスクワ・フィルによるチャイコフスキーでした。
席は、いくつもいくつも階段を上りきった最上階の5階にありました。こういう席を天井桟敷というのでしょうか。席からステージを見下ろすと、かなり高いビルの屋上から見下ろしているように見え、頭上の天井の方が近く見えるほどでした。そこで聞く初めての生の音は、遠すぎてぼんやりしているけれど、なんとも言えず柔らかいものでした。
それから、マウリツィオ・ポリーニやエリー・アメリング、ヘンリック・シェリングなどのコンサートに通いました。マウリツィオ・ポリーニの時でしたか、ロビーで大江健三郎さんを見かけました。スーツ姿で腕組しながら壁にもたれかかって誰かと談笑していました。
懐かしくて用もないのに東京文化会館の中に入って見ました。入り口には、たくさんのコンサートのチラシがありました。今夜は、バレエの公演があるようですがまだ客の姿はありませんでした。
東京文化会館を出ると、すぐに上野駅公園口です。そこで鴎外荘の方に戻ることにしました。振り返ると、ここからも、スカイツリーを臨むことが出来ました。
わずかに時間が残っていたので、道路を横断する橋を渡って、不忍池に向かいました。夏至過ぎの長い日もさすがに西の空が色を染めはじめていました。不忍池に蓮の大群が大きな葉を広げていましたが、この時間では花を見ることが出来ません。
stone-9さんみたいに、ビル群を背景にした蓮の葉が群がる不忍池を撮りました。いつも山ばかりを背景にしている田舎者にとっては、これはこれで感動ものでした。
宴会時間が迫っています。上野の森に囲まれた通りの鋪道は相変わらず人通りが少なくて、早足で歩いたのですが、鴎外荘はすっかり夕闇に囲まれていました。
夜は、総勢120名ほどが三間ぶち抜きの大広間に集まっての宴会です。お年を召されていても、総代になるような人たちは、皆さん元気でお酒も強い方が多いようでした。最後はカラオケなども始まってしまいましたが、私は適当に抜けだして、友人に電話をしました。
自由時間があったら会いたかったのですが、もう10時前でしたし、彼の住居と上野はかなり離れていました。携帯電話で話をするのなら、何も東京でしなくても良さそうなものなのに、やはり距離感が電話をかけさせました。
お互いもう60歳前です。話の内容はそれほど景気の良いものではありませんが、悲観するほど悪いこともありません。話している間、このときもまた、お寺や田舎のことなどすっかり忘れて、3.40年前に一足飛びに戻れる楽しい瞬間です。またの再会を約束して電話を切りました。
この記事へのコメント
ぼんぼちぼちぼち
高村光太郎とかもいいでやすね\(◎o◎)/
駅員3
私も沖縄を離れて20年近くになりますが、いつ行っても、20年前の自分がそこにいます
空兵
こんばんは
彫塑と言っても、高校生レベル、首(頭部)しか作ったことがありませんでした。黙々と粘土をこねて作り上げていく課程はなかなか楽しかったのですが、いろいろ考えてやめてしまいました。
高村光太郎は、十和田湖の乙女の像を見た記憶があります。
空兵
こんばんは
バス3台の団体旅行でしたが、上野を一人で歩いた一時間あまりだけは、私だけの旅になり、久し振りに東京に触れることが出来た気がしました。
沖縄のご出身でしたか?
私は故郷に帰ってしまいましたが、故郷に限らず懐かしい土地があるというのは、いいものですね。
パパボン
上野はアラハタの頃ツレさんとデートしたり、30代ではひとりで公園にいると日雇い請負人に声をかけられたりと思い出の多い場所です。
「街を見る目もすれ違う女性を見る目も、還暦前の私ではなく、30年以上前の私になっています。」
・・・最近そんな感覚が多くなってきました。
先が短い前触れのような気がします。
後悔しないように生きたいですネ!。
寿命は今日一日。(^^v
stone-9
歩いている様子が浮かぶようです。(笑)
「昔の自分になれる」、素晴らしい事だとおもいます。
突然名前が出てきてビックリしましたが、
スカイツリーを撮った位置はほぼ近いところです。
空兵
こんばんは
上野公園には、若い頃のパパボンさん夫婦のような、若い二人連れがたくさんいましたよ。羨ましいと思うのは歳ですかね。
ちょっとこの頃、歳かなと思ったら、私の場合東京へ行くと良いのかもしれません。
いっぺんに20代に戻れます。気持ちだけでなく、背筋もピント伸びて早足で歩けます。
悔いのない一日をおくらないといけないですね。
確実に残り時間、少なくなってきてますからね。
空兵
こんばんは
今、不忍池の蓮が花を咲かせていると言うことは
私が行った頃は、まだ早かったのでしょうね。
偶然、よく似た写真があったので驚きました。
昔の自分になりすぎて、すれ違う若い女性が
年上に見えてしまったりします(笑)
駅員3
再びの登場です。
出身は東京なのですが、数年間沖縄で暮らしました。
田舎のない私には、沖縄が第二の故郷になった次第です
ヤスミチ
初めて見ました。東京と言うと人、人、人が重なった様に
映し出されます。 一度は尋ねてみたい所です。
未だゆっくりと東京見物はした事が有りません。
田舎者には歩けない所でしょうか
では また 出てきます
たいへー
いつか懐かしんで歩く事があるのでしょうか?
一人でブラつくには便利な街ですが、
家族も持ってしまうと、ただ騒々しい所に感じますね。
空兵
こんばんは
失礼しました。
それでは私と同じですね。私も東京は第2の故郷かも知れません。
他にも北海道とか色々あったりしますが・・・
空兵
こんばんは
不忍池、それでも夕方にもかかわらず外国人などの環境客が何人かいましたし、公園内を走ったり、通り抜けたりする人がいて、田舎とはやはり違った感じです。
私は都会は好きですし、嫌なところもあります。田舎も好きですし、嫌なところがありますね。
空兵
こんばんは
私は機会があったので、今までにも何回か懐かしい所を歩いているのですが、実際に歩いてみると何となく空しいですよね。
昔に戻れるはずもありませんし、見る目がすでに旅人の目になっています。
Studio-Oz
国立西洋美術館、懐かしいです。
学生時代に課題で模型を作りました。
空兵
こんばんは
そうでしたか。
模型、何だったのでしょう。
私は、ここで何の展覧会に行ったのかほとんど覚えていないのですが、
恩師が特選をとられたので日展を見に行ったことだけは覚えています。
yukky_z
最近あまり会えてません。同じ首都圏に
いながら、これですからね^^;
空兵
こんばんは
私も、東京に住む古い友人はおろか、地元の同級生や
友達とも、なかなか会えないですね。
古いとも、懐かしい友、久し振りに会いたいなと思うのですが、
なかなか積極的に行動とまでは行かなくて・・・
ともちゃん
やっとお邪魔できました。(笑)
自由時間の間に素敵な風景を沢山撮影できましたね。
子供の頃父と二人で上野動物園に行ったことを思い出しました。
パンダはまだいない時代でゴリラに夢中になった父でした。(笑)
不忍池の緑にはホッとしますね。
空兵
こんばんは
遠い所までおこしいただき、ありがとうございます(笑)
ただ、お寺のバス旅行だけで終わるには、あまりに勿体無くて
少しでも、ひとりで歩けたのはよかったです。
上野動物園の記憶は曖昧です。多分、動物園はどこも似ている身体と思うのですが、ただかなり広かったと思います。
FUCKINTOSH66
空兵
こんばんは
上野公園の裏の通りなんですが
異境におられるF66さんには、東京のエッセンスが
より如実に伝わったのでしょうね。