1970年代が始まった頃、私はまだ20代初めで東京で暮らしていました。希望とは裏腹の貧しく孤独な都会生活に、ようやく聞き始めたジャズという音楽がぴたりと嵌りだしていました。
当時のジャズシーンは新しい方向を模索しているようでした。フリーの嵐が吹いていましたが、ジャズ喫茶ではやはりビ・バップやハード・バップがよく聞かれていました。
そんなおりに、チック・コリアとキース・ジャレット、それに少し遅れてハービー・ハンコックなど元マイルスグループにいたピアニストたちが新しい音楽をひっさげて登場してきました。
ECMレーベルでキース・ジャレットの「FACING YOU」が出たのはチック・コリアの「return to forever」の少し後だったでしょうか。英語がわからない私は、何となく「あなたに向かって」とか「あなたの方を向いて」などと訳していました。
部屋の片隅で、膝を抱いて耳を澄ましていると、静寂の中に響き渡る透明で官能的なピアノの音が、滔々と私の中に流れ込んできました。
ECMレーベルはマンフレット・アイヒャーの手で起こされた新興のレーベルでしたが、その音は透明でダイナミックレンジも広く、衝撃的でさえありました。新しい時代の旗手であるチック・コリアとキース・ジャレットの音楽にふさわしく思えました。
今「return to forever」や「FACING YOU」を聞くと、当時感じた音の良さや透明感より、何回も聞いたせいでついたプチノイズの方が気になってしまいます。
チック・コリアやキース・ジャレット、そしてECMレーベルの登場は、混迷した時代を突き破るような衝撃性がありました。透明でクリアな音は、沈滞した気分を高揚させてくれるような雰囲気を持っていました。そう言った意味では、私がその後聞くようになったビ・バップやハード・バップ、スィングなどの古いジャズとは違って、唯一リアルタイムで聞けたジャズだったのかしれません。
The Köln Concert/KEITH JARRETT
4年後に出た「The Köln Concert」です。アルバムの完成度、知名度ともにこちらの方が勝っているのではないかと思いますが、その元となったイマジネーションは「FACING YOU」でした。また、荒削りで、よりジャズっぽさを感じさせるのも「FACING YOU」の方ではないかと思います。
キース・ジャレットはその後もたくさんのソロピアノやトリオを出しているので、ジャズファンでなくてもファンは多いのではないでしょうか。
この記事へのコメント
mwainfo
空兵ーS
私自身も若かったので、この時代独特のなんとも言えない雰囲気を思い出します。
FUCKINTOSH66
空兵ーS
東京へ出てきた頃の気持ちが、キースやチック・コリアの新しい音楽の登場の時期と重なって、あの時代の不安感と高揚感を思い出します。泥付いた60年代を引きずりながら、なんとかすっきりした70年代に脱皮しようとするような・・・
イチロ
凄いところだと思います。
それに対してチックやハンコックは、音が昔とは変わって来ているなと。より熟成したような。
現在もこの三人の作品を聴く事ができるのは本当に幸せです。
ショッキングなのは、上原とチックの共演作です。
上原ひろみも上記三人に劣らぬ天才だと感動しました。
ジャズにはまだまだ可能性があるなとおもいます。
空兵ーS
キースジャレット、チック・コリア、ハービー・ハンコック
この三人が形態こそ違え、今も現役でばりばり活動してくれているのが嬉しいですね。
上原ひろみさんとチック・コリアの共演盤は広告で見ましたが、
まだ聞いていません。
70年代初頭、この三人が登場してきた頃感じた、時代の胎動感とかときめきが懐かしい気がします。
うろちい
キース・ジャレットさん大好きです。
FACING YOUはマイルスバンドでのヨーロッパツアー中の1日に抜け出しての録音。
キースの天才ぶり・・・に脱帽です。
LPとCD両方で持ってます。LPは購入当初・・・30年以上前 ??から聞きまくっており、ノイズだらけです。
空兵ーS
nice&コメントありがとうございます。
FACING YOUは初めの頃に買ったレコード、輸入盤でジャケットの紙質が悪かったりするのですが、それなりに思い入れがありますね。当時のことなども何となく思い出したりして。
LPとCDの両方持っているのは、私の場合、ケルンコンサートの方ですね。